独立行政法人 国立病院機構 村山医療センター

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トピック

頚髄損傷と戦う


頚髄(脊髄)をいためるとどうなるのでしょうか?

人間は体を動かそうと思った時、脳からの指示は頚髄から神経により手足に伝わります。また物を触った感触などは神経から頚髄によって脳に伝わります。この頚髄は人体で極めて重要な組織であると同時に非常に繊細な組織です。成体哺乳類の中枢神経系(脳脊髄)は損傷を受けると二度と再生しないことがヒポクラテスの時代から知られてきました。スポーツ外傷、交通事故、転落などにより頚髄に損傷を負ってしまうと一生その重みを背負って生活していかなければなりません。完全に頚髄が断裂してしまうと頭でいくら指示を出しても、損傷された頚髄を越えて神経の伝達が伝わることはありません。

頸椎には7個の骨があります。その中央に脊柱管があり、頚髄はその中にあります。繊細な組織であるがゆえに骨の鎧によって保護されています。なんらかの外傷により、頸椎部で脊柱管が損傷され、脊髄に傷がつくことが頸髄損傷(脊髄損傷)です。軽傷であれば、手足のしびれが出現し次第に軽快していきます。高エネルギー損傷(バイクの交通事故、高所からの転落など)で重度に頸髄が損傷してしまうと麻痺が残ってしまう可能性が高くなります。

損傷後に麻痺が残存するか否か、その重症度は人によって、外傷の程度によって大きく異なります。また頚髄が圧迫されている状態の場合、頚髄の麻痺進行を極力おさえられるよう早急な手術が必要になる場合もあります。

52歳 男性
仕事中に事故により受傷しました。頚髄損傷の治療
第1頸椎と第2頸椎の間で骨がずれてしまい、脊髄が高度に圧迫されています。頚髄損傷の治療
脱臼した頸椎を整復し固定手術が行われました。幸い麻痺の残存は軽度であり日常生活や仕事も問題なく行えるようになりました。

20歳 女性
通学中の交通事故により受傷しました。 頚髄損傷の治療
頸椎と胸髄の両方で損傷されていました。頸椎は修復可能でしたが、胸髄の損傷は不可逆的であり下半身麻痺となってしまいました。車椅子の生活ですが、現在は二児の母親であり積極的に仕事をしています(松江美季(マセソン美季)さん 長野パラリンピック金メダリスト)
損傷の程度、損傷の高位(脊髄のどの位置で損傷されるか)、骨の破壊の状態などによって麻痺の残存の状態は大きくかわります。しかし残念ながらこれまでの医学では損傷してしまった脊髄を修復することはできませんでした。

頚髄損傷の治療にむけて

スポーツ外傷や事故などで頚髄損傷になってしまった場合、脊椎が脱臼していたり、骨片が頚髄を圧迫していることがあります。その場合早急な手術により脱臼の整復や骨片の除去が必要になります。しかし一度傷ついてしまった頚髄を手術的に治すことはこれまでできませんでした。頚髄は治らない、この事実はヒポクラテスの時代から今日にいたるまで変わりませんでした。

まったく希望がないかというとここにきて大きな進歩があります。

  • ①急性期頚髄損傷に対するHGF(肝細胞栄養因子)投与
  • 急性期の患者さんの硬膜内にHGFを注射します。動物実験では良好な傾向がみられています。現在当院を含め、本邦にて3施設で最後の臨床治験が行われています。すでの当院でも数例に投与が行われました。

  • ②亜急性期頚髄損傷に対するiPS細胞移植

亜急性期(2~4週間)の患者さんに対して手術的に患部を露出し損傷部に直接iPS細胞を注射します。
この臨床治験は慶應義塾大学病院と当院での共同研究です。

関東やその周辺で頸椎損傷患者さんが発生した場合、村山医療センターに搬送していただきます。急性期の治療を行った後、慶應病院に転院し、iPS細胞の移植手術が行われます。術後4週程度で再度村山医療センターに転院していただき、リハビリを行います。

この治験は現在開始にむけて最終段階の整備中です。

頚髄損傷治療技術研究室の設立

近年の急速な医学の進歩により様々な治療法が臨床試験に入りつつあります。前述の細胞移植における腫瘍化の問題などは移植手術後も経過をしっかりと観察していく必要があります。頚髄損傷の治療においては急性期から亜急性期、慢性期へと変遷していくなかで体系たてて組織的におこなっていくことが必要です。しかしこれまでの医学界の常識を覆す飛躍的進歩となりうる可能性があります。臨床応用が迫った今こそ安全性と有効性をさらに慎重に評価し、冷静に分析していくことが重要です。現在、慶應義塾大学ではiPS細胞を用いた頚髄再生への研究がおこなわれており、当院の数名がそのメンバーとして臨床応用へむけて研究をすすめています。霊長類を用いた研究ではその有効性が示されました。損傷された頚髄への細胞移植を行っていくにあたっては専門に体系だってその経緯を観察、研究していく施設が必要となります。慶應義塾大学と村山医療センターでは臨床応用にむけて研究が開始され、先日もスカイプ会議が行われました。

村山医療センターの臨床研究部はH28年4月より吉原愛雄臨床研究部長を迎え新体制が発足しました。H28年10月に頚髄損傷治療技術研究室が設立され、藤吉兼浩先生が室長に就任しました。今後より一層の基礎・臨床研究を進めていきます。

村山医療センターは昭和16年に陸軍病院として創設されて以来、日本における脊椎・脊髄治療の中心的存在としてその役割を果たしてきました。現在日本の各地で脊椎・脊髄治療をリードしている多くの医師が村山医療センターで勉強、研鑽を積んできました。

脊柱側弯症、脊椎カリエスなどの特殊な疾患の治療はもとより、頚髄損傷の臨床においては長い歴史と積み重ねた実績があります。14人の脊椎専門医、6人のリハビリ科医、39人の理学療法士、22人の作業療法士及び5人の言語聴覚士といった職員の充実ばかりでなく、研究施設として運動器治療センターとしての設備も充実しています。障害者病棟を有する当院ならではの長期の観察、評価も可能です。

 


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