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トピック

脊髄損傷医療を取り巻く臨床現場の現状と展望

整形外科 許斐 恒彦(このみ つねひこ)

はじめに

許斐医師 脊髄損傷医療を取り巻く臨床現場の現状と展望

 脊髄再生治療研究の進歩はめざましく、様々な臨床応用の実現もそう遠くない未来となってきた。しかしながら、脊髄損傷(以下脊損)に対する臨床現場、とくに慢性期においては、損傷そのものや合併症に対する治療の難しさはもとい、患者やその家族に対する包括的サポートや退院調整の難しさ、そして病院経営面において様々な課題を抱えており、脊損医療を担うということは決して一筋縄で済むことではない。本稿では、臨床現場からみえてくる脊損医療の現状と課題に関して考察したい。



脊髄損傷医療の現状

脊髄損傷には、受傷直後の急性期において同じような麻痺に見えても、時間が経つとある程度回復してくる脊損(不全損傷)と、一方で回復がまったく見られない脊損(完全損傷)とがある。これは脊髄がどれほどダメージを受けたかによるところが大きく、特に胸髄の損傷では完全損傷が多く、これは高エネルギー外傷が多いからではないかと推測されている1,2。また受傷後8週経っても完全損傷なままであると、その後麻痺が改善する可能性はほとんどないと言われている3。完全損傷では脊髄の白質構造(脳や末梢からの信号を伝える神経の線維やその束)がひどく損傷されており、ときには切断してしまっている。一方で、不全損傷では脊髄の白質構造がある程度保たれており、そのためリハビリテーションをおこなうことで、残っている神経回路の再構築が起き、麻痺の改善につながっていく。我々が、手術を検討したりするのは、脊椎の安定性を得る目的と、神経の圧迫による二次的な脊髄のダメージを防ぐ二つの間接的な目的でおこなっており、神経そのものを治すわけではない。そのため、たとえ受傷後早期に手術をしたとしても、完全損傷のケースでは麻痺の改善はみられない。一方で、脊髄そのものに対する新しい治療薬や細胞移植の研究は現在盛んにおこなわれているが、大部分は急性期の不全損傷に対するものである。治療に対する反応性や回復余力が異なることから、脊損が完全損傷か不全損傷であるかは、神経の治療にあたっては区別して考えなければならない。

患者や家族にとって脊損とは、完全であろうが不全であろうが、唯一無二の一人称の「脊髄損傷」である。我々にとっては軽い損傷と判断しても、当事者にとっては麻痺や障害が少し残るだけでも大きな問題と感じる。そのため、患者家族の希望通りに障害がない元の状態に導くことは、我々の究極かつ最終的な目標と言えるが、現在の医療では脊髄損傷を完全に治すことは不可能である。実際の現場では、麻痺の状態やリハビリに対する反応性、MRIなどの他覚所見を参考に、患者の家族背景や社会背景を踏まえ、患者に最良と思えるゴール地点(ここでいうゴールは入院治療のゴールであり、それは脊損患者にとって新しいスタート地点とも言える)を提案し、脊損後の生活様式を理解・受容させ、必要な技能を修得させ、あらたなスタート地点に一丸となって向かっていくことが、医療者の現実的な役割である。そのためには、家族や地域のスタッフなど様々な人を巻き込むことになり、多大な労力と医療資源と多くの時間を要することになる。

回復期リハビリテーション病棟制度の導入に伴い、比較的程度が軽い頚髄損傷患者や胸髄損傷など、短期間で自立が可能となりうる患者にとっては、恵まれた医療環境が整ってきたと考えられる。しかし一方で、中等度から重度の頚髄損傷患者や、合併症のために転院までに2ヶ月以上時間が経過してしまった重症脊損患者は、急性期治療後の行き場がなくなってしまったというのが現状である。2018年度に当院から退院した全脊損患者45例中41例(91.1%)は頚髄損傷者であり、また18例(40.0%)はFrankel分類AまたはBの完全運動麻痺を有する重度脊損患者であった。過去の脊損患者の分布と比べると、年々重度麻痺かつ頚髄損傷患者の比率が増えてきている状況である。ちなみに当院では、退院までの期限に縛られてしまうと、脊損患者に必要かつ十分なサポートを提供できないとの観点から、障害者施設等一般病棟の枠組みの中で、重度頚髄損傷患者を積極的に受け入れている。その結果、2018年度の脊損患者の入院日数は平均254.3日間におよび、一方で在宅への復帰率は60.0%に達している。

医療経済と看護を取り巻く問題点

現状の医療制度では、四肢麻痺と対麻痺、麻痺の軽い脊損と重い脊損とは、全く同一の脊髄損傷でくくられている。しかし、看護の観点や社会復帰の観点から考察すると、これらは別ものとして考える必要性がある。なぜならば、たとえば対麻痺患者は手が使えるため自分で食事を食べることができるが、四肢麻痺患者の多くは、自分で食事を取ることができないため介助が必要である。さらには、体や上肢の向きやちょっとした姿勢、枕の位置の調整、顔が痒いこと、テレビのリモコン操作、ベッドのリクライニング操作など、上肢が普通に使える対麻痺患者と異なり、重篤な麻痺が残る四肢麻痺患者では、どのささいな所為一つをとっても人の助けが必要であり、そのたびに介助者を呼び、助けを求めることになる。さらには車椅子への移乗の際の介助一つをとっても、見守り軽介助でトランスが可能な麻痺の程度が軽い頚損患者と、完全運動麻痺の頚損患者とでは、必要なマンパワーが大きく異なってくる。

受傷1ヶ月以上経過した脊損患者に対する看護必要度あたりの診療報酬は、「全く動けないFranke分類 A」患者が「歩行可能なFrankel分類 D」患者の1/6であるという報告がある4。このことは、完全麻痺の脊損全介助患者に関わる看護師の人数および時間は、軽度麻痺の患者に比べて大きく増えることをあらわしている。現在の診療報酬制度では、脊髄損傷の看護重症度に応じた診療報酬体系を有していないため、このような状況は報酬に反映されることはなく、「重度脊髄損傷患者を受け入れること=手間がかかるだけで見合った報酬が得られない」という構図を生じさせ、ますます重度脊損患者が敬遠されることにつながっている。当院の試算でも、同規模の一般整形外科病棟と比較した場合、1ヶ月あたりの脊髄損傷病棟(障害者施設等一般病棟)の診療報酬点数は約半分であり、一方で人件費は約1.4倍かかるという結果がでており、病院経営の観点から考えると使命感だけでの脊損医療は、もはや成り立たなくなってしまっている。

さらには、脊損患者では多岐に渡る合併症と精神面に対する支援が必要となる。退院調整には多大な労力と経験を要するため、専門性の高いスキルが求められる。脊損患者に対応できる一人前のスタッフを育てるためには、時間も手間もかかる。そんな状況で診療報酬も見合ったものでなければ、病院経営者にとって脊損医療はもはや不採算事業以外の何ものでもない。より重篤な脊損患者を受け入れるための、採算性の取れる十分な診療報酬体系の整備(例:超重症者・準超重症者の判定項目に四肢麻痺の項目や麻痺のグレードに関する項目を加えることや、重度脊損受け入れ施設に対する補助金等の優遇処置など)は急務であり、早急な対応が切望される。

脊髄損傷とフレイル

超高齢社会に呼応して、年々脊髄損傷で入院する患者も高齢化している。当院の2018年度の調査でも60歳以上の高齢者が25例(55.6%)におよび、75歳以上が9例(20.0%)に及んでいた。また、近年ハイリスクな高齢者を抽出するためにフレイル(「虚弱」という意味)という概念が提唱されるようになってきた5。フレイルの概念は、「加齢に伴う予備能力の低下に伴い、ストレスへの適応(回復)能力が減衰した状態」を意味し、心身の潜在的な衰えにより、些細な出来事をきっかけに健康状態の悪化をきたす、身体的、社会的自立活動を失いやすい前障害状態と考えられている。高齢者の脊損患者の多くは、何らかのフレイルの状態であることが指摘されており6、当院の調査では受傷前にフレイルの状態にあった患者は、在宅復帰率が低く(16.7%)、リハビリテーションに対するADL改善率が、フレイルでない対照群と比べて極端に低いことがわかっている(フレイル群:10.6% vs 非フレイル群:38.5%)。今後、高齢者が脊損医療の大多数を占めていくことが予想され、一方で2025年問題にて指摘されているように労働生産年齢の人口が減少していくことから、医療資源を有効に活用する取り組みや、いかにして新規の高齢者の脊損者を作らないようにする取り組み等、社会全体で高齢化を支える対策がますます重要となってくる。

最後に

脊損に携わる医療従事者は、脊損患者の抱える苦悩を忘れずに、真摯に脊損医療と向き合い続けなければならない。しかしながら、脊損医療を担うということは、現状では個々の専門医療機関に重い負担をしいている状態であり、これは結果的に患者への不利益をもたらしかねない。今後、脊損医療の発展のためには、患者家族へのサービスや補償の拡充や、社会全体で障害者を受け入れるための仕組み作りの他に、脊損医療に取り組む医療機関側に対する報酬制度上の改革も必要と考える。

テクノロジーの進歩や、様々な自然災害や疫病への対応に伴い、日進月歩で我々の生活様式のパラダイムシフトは起きている。AI(Artificial Intelligence)を活用した診療・研究体制、病院や住環境のIoT(Internet of Things)化、自立動作支援ロボットの活用・普及等、脊損を取り巻く環境は、今後ますます発展するであろう。そして、慢性期や完全脊髄損傷に対する脊髄再生医療の開発・臨床応用もさらに進んでいくことで、多くの患者に希望をもたせることができればと切に願う。

文献

  • 1 Burns, A. S., Marino, R. J., Flanders, A. E. & Flett, H. Clinical diagnosis and prognosis following spinal cord injury. Handb Clin Neurol 109, 47-62, doi:10.1016/B978-0-444-52137-8.00003-6 (2012).
  • 2 Fawcett, J. W. et al. Guidelines for the conduct of clinical trials for spinal cord injury as developed by the ICCP panel: spontaneous recovery after spinal cord injury and statistical power needed for therapeutic clinical trials. Spinal Cord 45, 190-205, doi:10.1038/sj.sc.3102007 (2007).
  • 3 Kawano, O. et al. How much time is necessary to confirm the diagnosis of permanent complete cervical spinal cord injury? Spinal Cord 58, 284-289, doi:10.1038/s41393-019-0366-1 (2020).
  • 4 須田, 浩. et al. 脊損医療崩壊の危機(第2報) 脊損病棟におけるプロスペクティブスタディから. 北海道整形災害外科学会雑誌 52, 275 (2011).
  • 5 Iqbal, J., Denvir, M. & Gunn, J. Frailty assessment in elderly people. Lancet 381, 1985-1986, doi:10.1016/S0140-6736(13)61203-9 (2013).
  • 6 Banaszek, D. et al. Effect of Frailty on Outcome after Traumatic Spinal Cord Injury. J Neurotrauma 37, 839-845, doi:10.1089/neu.2019.6581 (2020).

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