独立行政法人 国立病院機構 村山医療センター

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トピック

スマートグラスを用いた最先端脊椎手術 ~術野から目を切らない手術の実現~


整形外科医長 松川 啓太朗

術野から目を切らない?!

新型コロナワクチン接種 術野から目を切らない、タイトルを見た方は、何を当たり前のことをと思われたかもしれません。ただこの「目を切らない」、当たり前のようで当たり前ではないのです。さて皆さん、クルマの運転中にカーナビが気になって前方から目がそれてしまうこと、歩行中にスマホに集中してしまいヒヤッとしたことはありませんでしょうか?

少なからず心当たりがあるのではないかと思います。実は手術中にも同じようなことが起こり得ます。どういうことかと言いますと、手術室には複数の術中支援視聴覚機器が所狭しと並んでいます。生体(バイタル)モニター、放射線透視モニター、術中神経刺激モニター、内視鏡モニター、術中ナビゲーションシステム、術前画像を提示するモニター等、多岐にわたります。そして我々術者は、これらの情報と術野の患者さんの状態を照合しながら手術を進行します(図1)。ここで問題が生じてしまいます。当たり前ですが、術者はモニターの確認のために必然的に術野から目を離さざるを得ません。術野から目を「切る」ことによりモニター情報を確認し、術野に目を「戻す」ことにより手術を再開します。このように術野とモニター間の頻回の目線の移動を余儀なくされますが、その結果、術野から目を離した際に無意識に手元がブレる可能性、手術時間が延長してしまう可能性があります。この傾向は特に経験の浅い術者において顕著であり、モニターばかりを気にして手元への注意がおろそかになると、安全性を損ねてしまう可能性があります。

 同様の傾向は、昨今の医療の進歩、特に低侵襲手術の台頭とともに起きています。低侵襲手術では患者さんに対してより小さな傷で手術が行われますが、従来の手術で「見えていたもの」が見えなくなります。従来同様に安全に正確に手術を行うために、言い換えると「見えていたはずのもの」を確認するために、術者の目にかわる各種補助機器が必要となっているのです。当然、術野から目を切ることが多くなりますし、どうしても円滑な手術が阻害されてしまいます。ではどうすれば良いのでしょうか?

図1:脊椎手術の現況。患者さんの安全のために、複数の情報(視聴覚機器)を確認しながら手術を行います。

スマートグラスを用いた試み

 我々は、スマートグラスシステムを手術支援に応用しています。身体に装着するディスプレイの総称をウェアラブルディスプレイと言いますが、製造・建設・スポーツ領域のみならず、医療・ヘルスケアの分野で近年急速に応用されつつあります。中でもメガネ型のディスプレイであるスマートグラスが特に脚光を浴びています。我々は、国内外に先駆けてスマートグラスを用いた手術に取り組んで参りましたが、国際誌でも高い評価をいただきました(Matsukawa: Journal of Neurosurgery, 2021)。主な利点として、下記の3点が挙げられます。

  • ①視野を遮らない情報表示
    従来の手術では各種のモニターに目を向けて情報を取得していたのに対して、スマートグラスを用いた場合、装着者の目元のディスプレイに各種情報を表示することができます(図2)。最も重要な点は、ディスプレイが透過性(半透明)になっている点であり、装着者の視野を遮ることはありません。実際に見える視野に各種情報を重ね合わせることが可能となり、術者は「術野から目を切る」ことなく、視線を固定したまま手術を進行することができます(図3)。
  • ②情報の集約化
    従来の手術では複数の術中支援情報が個別に表示されていましたが、スマートグラスと各種モニターを接続することにより、必要な情報を目元に一元化・集約化することが可能となります。執刀医だけでなく、手術助手や手術室看護師もスマートグラスを装着することで、手術に際する注意点を共有・確認することができ、安全に手術を進行できます。
  • ③高い装着性・操作性
    重量は30gと軽量であり(picoLinkerTM(ウエストユニティス株式会社、大阪))、各種モニターとは無線接続可能です。そのため装着者はスマートグラスの有無に関わらず、通常通りに自由に動くことができます。円滑な手術の進行のためにとても大事なことです。ディスプレイの大きさは2m先の23インチの画面に相当し、装着者は映し出される情報を容易に確認することができます。

図2:スマートグラスの一例。目元のディスプレイに手術に必要なすべての情報を表示することにより、術野から目を切ることなく、目の前の手術に集中できます。

図3:スマートグラスの有無による術者の動きの比較。通常の手術では、術者の目線が術野から大きく外れるのに対して、スマートグラスを用いることで術者の目線が術野に固定されます。

今後の展望

 本システムに付随するカメラ機能を用いることによる、若手医師への手術技術指導や手術看護師との情報共有、さらには音声機能を用いた遠隔医療や救急医療における即時コンサルティングへの発展も期待できます。特に我々が注目しているのは、スマートグラスのリハビリテーションへの応用です。リハビリをうける多くの患者さんは、下肢の筋力の低下や位置感覚・平衡感覚の低下により歩行に支障をきたしています。そのため患者さんは「下を見て」自分の足元を確認することで、自分の足が「どこにあり、どう動こうとしているのか」を認識して、足を踏み出します。しかし、「下を向いて」しまうと、自ずと自分の「前を見る」ことができなくなってしまいます。また、前傾姿勢となってしまうことで、身体のバランスを崩してしまいます。そこで我々は、患者さんの足元の情報を患者さんの目元に表示することにより、視線をそらすことなく(下を向くことなく、前を向きながら)歩行できると考えました(図4)。このように従来のリハビリテーションに工学技術を融合することで、患者さんがより主体的に自身を補正することが可能となり、リハビリテーションの効果が大きく向上すると期待しています。

図4:リハビリテーションへのスマートグラスの応用(イメージ図)


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