成人脊柱変形症に対する矯正手術
病気が心配な患者さんへ
村山医療センター 医長
金子 慎二郎
1.腰曲がりは年だから仕方がないのか
背骨(脊椎)が横に曲がる病気を側弯症と呼びます。
側弯症は大きく分けると2つのタイプがあり、1つは子供の頃に変形が進行するタイプ、もう1つは60歳代前後から変形が進行するタイプです。
60歳代前後から変形が進行するタイプでは、腰椎の骨と骨の間にある椎間板というクッションの様な役割を果たす部分が徐々に痛んでくることが関係しています。年齢とともに徐々に痛んでくることを変性と呼びますが、60歳代前後から変形が進行するタイプでは、椎間板の変性の進行とともに、背骨の変形が進む傾向にあります。
また、脊椎は本来、横から見た骨の並びはまっすぐではなく、腰の部分(腰椎)が前に弯曲し(前弯)、背中の部分(胸椎)が後ろに弯曲し(後弯)、首の部分(頚椎)が前に弯曲して(前弯)いることでバランスを保っています。骨の並びのことをアラインメントと呼びますが、高齢者の方の場合は、椎間板の変性の進行とともに横から見た脊椎のアラインメントにも異常が出てくる場合があり、腰が後ろに曲がる腰椎の後弯症が認められることがあります。腰椎の後弯症になると、体が前に傾く傾向が認められます。体には重心の線がありますが、本来は、耳の辺りからまっすぐ下に降ろした線が体幹の重心の線になり、この重心の線が骨盤の上に来ないと人間は立つ際にバランスを取れなくなります。
腰椎の後弯症になると、体幹の重心線がより前方にずれることになるため、本来、重心線が通過する骨盤に重心線を近付けるために、骨盤を後ろに傾けないとバランスを取って立っていられなくなるため、腰から骨盤にかけての筋肉に無理な力がかかって、これが腰から骨盤辺りにかけての痛みにつながります。
手術の道具や技術が進歩する前は、昔から「腰曲がり」と呼ばれてきたこの様な病態を持った患者さんは、病院に受診しても、「年だから仕方ない」の一言で済まされる傾向にありました。腹部が圧迫されるため逆流性食道炎に苦しんでいられる方も多くみられました。
しかし現在は、手術の道具や技術が進歩し、様々な条件を満たせば、脊椎の変形矯正の手術を行い、愁訴の改善につなげることが可能になっています。脊椎の変形矯正の手術が、痛みの改善に限らず、「腰曲がり」の外見の改善、時には内臓の問題の解決にもつながり、生活の質の大きな改善に結びつくことも少なくありません。
2.成人脊柱変形症に対して矯正手術を行う際の条件
脊椎の変形矯正の手術を施行する際には、患者さん側、また我々医療者側も様々な条件をclear(条件を満たしていること)していることが重要です。
脊椎の変形矯正の手術を行う際には、骨をある程度削る必要がありますが、骨の中に骨髄という血液を作る組織が入っているためもあり、かなりの量の出血を伴います。また、脊椎を全体的に矯正する手術はかなり時間のかかる手術であり、患者さん側の要素としては、循環器や呼吸器の機能が正常であり、全身状態に大きな問題がないという条件をclearしていることが重要です。
脊椎の変形矯正の手術が施行可能になった背景としては、矯正を行う際に用いる脊椎関連のインプラントが大きく進歩したことも寄与していますが、患者さんの骨が脆弱だと、これらのインプラントが「糠に釘」の様な形になり、様々な合併症に繋がる可能性が高くなります。従って、患者さんの骨質がある一定以上のレベルをclearしていることも重要であり、手術前から十分に骨粗鬆症対策を行うことも重要です。検査の結果、全身状態の問題が大きい、または骨の脆弱性が非常に強く、矯正手術を行うことが合併症につながる可能性が高いと判断された患者さんには、手術を行うという選択肢を御呈示しない場合もあります。また、合併症予防の対策を十分に取っていても、感染や隣接椎間障害などは、大きく進歩した現在の医療技術を駆使してもある一定の割合で認める合併症であり、そのことを患者さんに十分に御理解頂くということも重要です。
また、脊椎の変形の矯正の手術を施行する際に何よりも大事なことは、患者さんが困っておられる愁訴が手術によって実際に改善するか否かを手術前にシミュレーションを行って確認をすることです。改善するかどうか、とりあえずやってみましょう、などということは、当然のことながら望ましいことではありません。この点に関して村山医療センターでは、我々が独自に考案した検査法によって確認を行っており、改善の見通しの高い患者さんに手術を行うという選択肢を御呈示しています。
一方、脊椎の変形を矯正する際には、脊椎の中にある脊髄の周囲の環境が変わることになり、それに伴って、脊髄の機能が落ちる可能性があるため、手術中、脊髄の機能をcheckするモニタリングと呼ばれる操作を行いながら矯正を行うことが重要になります。従って、この様なモニタリングを行うことが可能となる機器が施設に備わっているということも重要です。当院には現在、32Chと4Chの2台のモニタリングが稼働しています。危険な手術には32Chのモニタリングが必要です。来年度早々にはもう一台の32Chのモニタリングが村山医療センターに導入される予定です。
脊椎の変形矯正の手術を行う上では、専門性の高い技術を持った医師がいるということは勿論のことですが、手術を行う病院としても、前述した脊髄モニタリングや手術ナビゲーションシステムや手術用顕微鏡などの、専門の機器が十分に整っているという意味でも専門性の高い病院であるということが重要であり、村山医療センターでは、脊椎外科領域の専門性の高い施設として、施設面での充実性も様々な観点から高めています。