腰部脊柱管狭窄症・腰椎椎間板ヘルニアに対する「UBE」を用いた脊椎内視鏡手術の工夫
整形外科医長 松川啓太朗
自分が心から受けたいと思える「理想の手術」を本当にできていますか?
外科医なら誰もがドキッとする質問のはずです。「理想の手術」とは?一言で言ってもその定義は様々です。治療行為ですから安全であること・確実であることは絶対条件でしょう。ただその一方で、患者さんへの身体的な負担(手術時間・手術侵襲)が大きくなってしまうのはあまり喜ばしいことではありません。手術侵襲が大きくなるほど、患者さんの社会復帰は遅れてしまいます。またご高齢の患者さんですと、侵襲の程度によっては周術期の危険性が増すことにもなりかねません。
我々は、背骨の中を通る神経を主な治療対象としています。腰部脊柱管狭窄症や腰椎椎間板ヘルニアでは、神経が骨や軟部組織(黄色靭帯やヘルニア)の圧迫を受けることにより、下肢の痛みやしびれ、下肢の筋力低下や排尿・排便機能低下をきたします。手術治療はこれらの神経の圧迫を取り除くことを目的とします。通常、脊柱管(=神経の通り道)という2cm程度の部分の処置のために、4-5cmの皮膚を切開し、術野を開きます(図1)。2cmのターゲットに対して4-5cmの切開、なぜ大きく切開しないといけないのでしょうか?それは、そうしないと神経を十分に観察できないからです。
図1:通常の手術とUBE手術の比較
通常の手術では、脊椎周囲の筋肉を広範に剥がすのに対して、UBE手術では小切開で筋肉の隙間から進入し、脊柱管を処置します。
いかに手術侵襲を小さく安全にターゲットに挑めるか
一つの工夫として、我々は顕微鏡下の手術を導入し、患者さんへの手術侵襲を減らした治療を心がけてきました。顕微鏡を用いることにより身体の内部をよく観察できるので、皮膚の切開を小さくすることが可能となります(4-5cm→3-4cm)。
一方で、内視鏡治療は小さな切開から先端にカメラのついた専用の内視鏡を挿入し、神経周囲の処置を行います。当院では、最新の脊椎内視鏡手術であるUBE(Unilateral Bi-portal Endoscopy)を導入し、腰椎椎間板ヘルニア・腰部脊柱管狭窄症・腰椎変性すべり症といった腰椎疾患の治療にあたっています。従来の内視鏡手術と異なる点は、UBEは5-8mmの小切開を2箇所 (= bi-portal) に設ける点であります。一つはカメラを挿入する切開であり、もう一つは手術機器を挿入する切開です。水で還流しながら鮮明な術野を保ち、内視鏡モニターを見ながら手術を進行します。術者のみならず、手術助手・手術室看護師と複数の目で確認しながら安全に手術を行うことができます(図2)。また、従来の手術に比べて神経により近接可能であり、我々が最も注意を払うべき神経及び周囲組織を詳細に観察できます(図3)。この手術の最大の利点は、2つの切開を設けることにより、鏡視用の軸と作業用の軸が分離しており、手術手技の操作性・自由度が極めて高く、様々な疾患に対する治療の汎用性が拡がることです。
図2:UBEの術中の様子
UBEでは2つの小切開を設け、脊椎手術用の内視鏡と手術機器を挿入します(左図)。内視鏡の映像をモニターに表示し、複数の目で確認しながら安全に手術を進行します(右図)。
図3:術中の内視鏡所見
水を流しながら、鮮明な術野で手術は進行します(神経周囲の毛細血管まで描出されていることにご注目ください)。十分に神経の環境が改善されていることを確認し手術を終了します。
UBEの利点 ―皮膚だけでなく、筋肉・骨に対する低侵襲性―
通常の手術では、皮膚を切開し、脊椎に付着する筋肉を広範に剥がし、ようやく脊椎の骨表面に至ります。対してUBEでは、小切開を設け、筋肉の隙間から器具を挿入し、直接脊椎に到達します。その後、一部の骨を切除し、圧迫を受けた神経の環境を改善します。この際にUBEでは視点が神経に近接するために、骨の切除量を低減することができます。つまりは、UBEは「症状の原因となる神経の圧迫のみ取り除き、皮膚や筋肉・骨に対する侵襲を最小限に抑えることが可能」と言えます(図4)。
図4:UBE手術の代表症例
最小限の骨切除量で、神経が十分に除圧されています。術前後のMRIを比較すると、脊椎周囲の筋肉は良好に温存されています。(78歳・女性。1年前から両下肢痛のために、日常生活に支障が生じました。腰部脊柱管狭窄症の診断で手術を受け、術後下肢痛は消失。術後2ヶ月で趣味のダンスにも復帰しています。)
我々の扱う病態の中には、腰椎外側病変(椎間孔内・外病変)というものがあります。神経が椎間関節という部分の前側で圧迫を受けている状態です。通常は、神経の圧迫を解除するためには、後方から椎間関節を切除しなければなりません。脊椎の安定性に関わる大事な部分を壊す形となってしまうため、脊椎を制動するスクリューを用いた脊椎固定術が余儀なくされます。このような病態に対してUBEでは、自由度を持って脊骨に対して斜め後ろからアプローチすることにより、骨切除量を最小限に(不安定性を惹起せずに)神経を除圧することが可能となります。UBEをはじめとする内視鏡治療は、必要のない固定術を回避するうえでは、極めて重要な術式と言えます。
術式の選択は担当の医師によっても異なります。また、病態によってはUBEの適応とならないこともありますので、ご希望の方は担当の医師にご相談ください。
理想の脊椎手術治療とは?
個々の病態により、どうしても大きな侵襲を要してしまうこともあります。ただ、もしも同じ病態で同じ手術成績が得られるのであれば、少しでもお身体にかかる負担を軽減できればと思います。もちろん傷が小さければそれで良いかというとそういうわけではありません。患者さんそれぞれによってご希望や価値観も異なると思います。大切なのは「手術治療における多様性」。患者さんの様々なニーズに応じた医療を提供することが、我々の使命と考えています。当院では低侵襲治療を希望される患者さんにも、個々の患者さんの病態に応じたテーラーメードな治療を提供いたします。今だけでなく5年後10年後を見据え、よりベストな治療ができるよう研鑽を積んでいます。
「自分が心から受けたいと思える手術を、目の前の患者さんに施す」
これが職業人としての私達の仕事です。